大阪梅田・散歩〜♨️温泉?池?自転車競技場?があったとか…
手描き人❣️スキップする人生がいい〜の”らら”です。
コロナウィルス自粛要請の中ちょっと来たついでに茶屋町まで足を伸ばしてみました。
まばらな人でしたが、飲食店はちらほらと営業を始めています。
茶屋町散歩
こんな茶屋町見たことないね
=目 次=
なっ!こんな場所があったとは!
「凌雲閣跡地」こんな街の中に。
明治22年(1889年)に木造建築9階建て
この凌雲閣がある敷地「有楽園」公園になっていて温泉や自転車競技場やボート遊びができる池があったようですね。今の遊園地って感じですかね。
で、調べて見ました〜
北の「凌雲閣」南の「眺望閣」
まず先に明治21年7月14日に大阪初めての5階建ての建物「眺望閣」が南にできました。(現在の日本橋3丁目のNTTの辺)これが大阪1つ目の高い建物、「凌雲閣」はその次の年、明治22年に北野茶屋町に立てられました。
約23メートル四面の二層楼の上に八角形の6層楼を築き、その上に時計台を設け、9階建で高さ39メートル敷地面積も13,000平方メートルと眺望閣よりひて回り大きかった。競ったのでしょうか…
当時高速建築ブームだったのですね。
これに負けていなかったのが眺望閣。花火大会で浪花っ子を惹きつける作戦、これが北、南のお客様奮戦の始まりだったようです。
面白い🤣
そのうちに眺望閣は「南の5階」凌雲閣は「北の9階」と呼ばれるようになりました。
それまでは、南は島之内、北は曽根崎新地が中心でした。この頃からそれぞれの中心が南は「眺望閣」がある難波に。北は「凌雲閣」がある梅田になったようです。撤去ははっきりしていないようですが昭和の初め頃のようです。
今でも南は若者の街、北は大人の街って感じなんですけど…南と北未だに奮戦しているのでしょうか…
また散歩の記事書きます。ありがとうございました。